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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)13766号 判決 1984年4月19日

原告 草間食品株式会社

右代表者代表取締役 草間昭一

右訴訟代理人弁護士 宗田親彦

同 三上雅通

同 上田太郎

被告 岩田弘益

右訴訟代理人弁護士 水島正明

主文

一  被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五六年一二月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二一六万七九五九円及びこれに対する昭和五六年一二月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、食料品等の販売を業とする会社である。

2(1)  原告は、昭和五六年二月一〇日、持帰り弁当屋を経営する訴外ビッグ商事こと川崎才一(以下「川崎」という)との間で弁当用材料の継続的販売契約を締結した。

(2) 原告は川崎に対し、昭和五六年五月一日から同年九月九日までの間に冷凍食品・油・罐詰等の弁当用材料を代金合計金一二一六万七九五九円で売り渡した。

3(1)  被告は昭和五六年三月六日、原告に対し、川崎と原告との右継続的販売契約に基づき川崎が原告に対して負担する債務につき連帯保証した。

(2) 昭和五六年九月九日、被告は原告に対し、前項(2)記載の川崎の債務を確認し、同日以降の保証を取消したうえ、右債務につき連帯保証した。

(3) 原告は被告との間で、昭和五六年九月九日、前項(2)及び本項(1)により被告の負担する保証債務金一二一六万七九五九円を消費貸借の目的とすることを合意した。

4  よって、原告は、被告に対し、前項(1)ないし(3)に基づく択一的請求として、連帯保証契約又は準消費貸借契約に基づき金一二一六万七九五九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の(1)の事実は認め、(2)の事実は知らない。

3  請求原因3の(1)の事実は認め、(2)の事実中昭和五六年九月九日に被告が原告に対し川崎の買掛金債務残額を確認し継続的保証を取消したことは認め、その余は否認し、(3)の事実は否認する。

三  抗弁

1  弁済

川崎は原告に対し、昭和五六年九月三〇日、原告との継続的販売契約に基づく債務につき金二〇万円を弁済した。

2  代物弁済

原告と川崎は、昭和五六年九月ころ、川崎の原告に対する継続的販売契約に基づく債務の弁済に代えて、訴外川崎が経営するビッグ弁当池袋西口店の建物賃借権、営業権、備品等を時価(約金八〇〇万円相当)で代物弁済する旨合意し、同月三〇日、川崎は原告にその引渡をした。

(1) 同年五月の同店開設時、施設類に左の金員が出費されている。

店舗賃借保証金 金三七五万円

内装工事費 金二三〇万二〇〇〇円

厨房設備費 金一五四万八〇〇〇円

調理具・食器類 金六一万四〇五〇円

レジスター、計量秤 金六三万円

ガス配管工事 金六万五八二五円

電気看板 金五〇万円

以上合計金九四〇万九八七五円

(2) 以上を総合すれば、四ヶ月間余りの減価償却を見込んでも、その価値が金八〇〇万円を下ることはない。

3  法定充当

川崎の原告に対する売買代金は毎月末日締め、翌月一〇日支払との約であったところ、右1、2の弁済及び代物弁済については当事者がその充当をしていないので、民法の規定に従い、弁済期が先に到達した債務から充当されるべきである。

4  信義則による保証人の責任の制限

(1) 原告は川崎と昭和五六年二月から弁当用材料の取引を開始したが、同年四月頃より急激にその取引量を増加させた。川崎は当時新店舗開設を概ね終了させており、右増加は、川崎が従前弁当用材料の供給を受けていた訴外株式会社スワロー食品サービスが川崎の信用不安から同人への納入を抑えたことによるものである。

(2) 前述のとおり、川崎の原告に対する売買代金は毎月末日締め、翌月一〇日支払の約であったところ、弁当屋は日銭の入る商売で短期での現金決済が通常であるのに、原告は川崎への納入開始以来、納品時に納品書や請求書を配送担当者に事務的に持参させるだけで川崎に対する代金取立を怠り、あるいは先日付小切手の交付を川崎から受けたにもかかわらず同人の信用に不安を抱いて取引停止等の措置をとることを考慮しないなどしたため、同人の支払能力を超えた取引を継続し多額の売掛金を累積させるに至ったものである。

(3) 以上のごとき重大な事情変更が原告、川崎間の取引にあったのであるから、信義則上、被告の保証責任は相当な範囲に制限されるべきである。

(4) また、前述の代物弁済の抗弁が理由がないとしても、原告が「ビッグ弁当」池袋西口店を実質的に取得した結果得た経済的諸利益及び昭和五六年九月三〇日に原告が川崎に無断でビッグ弁当池袋西口店から現金約一〇万円と食材等約三〇万円相当を不法に領得したことも、被告の責任の範囲を画するにあたっては考慮されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の事実中、金一九四万六〇〇〇円相当の代物弁済があったことは認め、その余は否認する。

原告と訴外川崎とは、「ビッグ弁当」池袋西口店の賃借権、備品等を金六〇〇万円と評価して、代物弁済する旨合意した。しかし、保証金(三七五万円)返還請求権は第三者に二重譲渡され、その第三者が対抗要件を具備してしまった。右賃借権は、一旦解除された後、原告代表者の実弟が経営する訴外日米通商株式会社が新たに契約して確保したもので、そのため訴外会社は名義書換料に金二五万四〇〇〇円を仲介手数料に金五万円を支出したものである。

3  抗弁3は否認する。

4  抗弁4は争う。

(1) 川崎の原告に対する売買代金は毎月末日締め、翌々月一〇日支払の約であった。

(2) チェーン店方式の弁当屋において売上げの増加は利益率の上昇と直結しており、売上げが増加したことはかえって川崎の信用力を高めたものである。

(3) 代金支払については昭和五六年二月分は四月一三日付の、同三月分は六月二九日付の先日付小切手でそれぞれ支払われており、更に同年七月には四月分以降の代金が先日付小切手で入金処理されており、原告が通常の処理の範囲を超えて集金を怠った事実もないし、また多少の支払の遅れは、原告との取引開始後も川崎が店舗展開中であったことを考慮すれば、信用不安をいだかせる要因とはなり得なかった。

(4) 被告は川崎の事業を援助し、その事務所に頻繁に出入りしていたもので、その経営内容を熟知し、あるいは少なくともこれを知り得る立場にあり、原告との取引内容についても同様のことが言える。

(5) 本件は被告の保証後わずか六か月間の保証責任に関するものである。

(6) 以上、本件についてはいかなる意味においても保証責任を制限すべき事由は存在しない。

五  再抗弁

前記代物弁済契約は、川崎が原告にできる限り迷惑をかけないという趣旨で締結されたものであり、川崎の債務につき九月分から順次八月分、七月分と充当される旨、原告と川崎との間で黙示の合意があった。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2の(1)及び3の(1)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

3  (請求原因3の(2)、(3)の事実について)

昭和五六年九月九日に被告が原告に対し川崎の買掛金債務残高を確認し継続的保証を取消したことは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によると、被告は、同月上旬川崎の原告に対する支払が滞り債務残高が累積していることを知って原告を訪れ、自らの保証責任の拡大を防止し川崎の弁済を促すことにより保証債務の消滅又は縮少を図る目的で、同月九日右のとおり債務残額を確認して保証を取消したうえ、川崎が経営するビッグ弁当池袋西口店の賃借権を川崎に代物弁済させるように請求する旨の念書を原告との間で取り交したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、右事実によれば、被告が川崎の債務残額を確認した際、改めて原告に対し保証したとか、自らの保証債務を消費貸借の目的とすることに同意したとは認められないことは明らかであって、他に請求原因3の(2)、(3)の事実を認めるに足りる証拠もない。

4  (請求原因2の(2)の事実について)

《証拠省略》によれば、原告は川崎に対し昭和五六年五月一日から同年九月一〇日までの間弁当用材料等を五月分金二八二万五九四九円、六月分金二四八万七三七五円、七月分金三一九万九〇三五円、八月分金二四八万六三九〇円、九月分金八一万四〇三円の代金合計一一八一万二七八四円(受領書に基き算定すると大山店七月分は金四一万七六四五円、落合店八月分は金一一万九七三五円、池袋西口店八月分は金三三万三一七五円であり、請求書及び月別売掛・買掛未払金一覧表中のこれと異なる記載は採用できない。)で売渡したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二  弁済

抗弁1の事実(川崎の二〇万円の弁済)は当事者間に争いがない。

三  代物弁済

抗弁2のうち、金一九四万六〇〇〇円の範囲で川崎の原告に対する代物弁済の効果が発生したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、川崎と原告の間で、昭和五六年九月一四日、川崎の経営するビッグ弁当池袋西口店の賃借権、保証金返還請求権、内装、什器備品類等を金六〇〇万円で代物弁済する、賃借権名義変更費用は川崎が負担する旨の合意が成立して原告が右店舗の引渡しを受けたうえ同年一〇月一日に原告代表者の実弟が経営する訴外日米通商株式会社に対し右賃借権を保証金返還請求権、内装、什器備品類等とともに金六〇〇万円で譲渡し、同日右訴外会社は家主と右店舗の賃貸借契約を締結したこと、ところが川崎の債権者訴外秋本みさをも金三七五万円の右店舗の保証金返還請求権を川崎から譲り受け、同年九月一八日に川崎から家主に対する譲渡通知がなされてしまったため、同年一〇月六日、譲渡通知を怠っていた原告は秋本に対し同人が家主から保証金の返還を受けることを認め、秋本は原告に対し金一二七万五〇〇〇円を支払ったこと、訴外日米通商株式会社は前記賃貸借契約の賃借人名義を自己に変更するにつき金三〇万四〇〇〇円を出捐したこと、右訴外会社と原告は役員や事務所を共通にする等実質上同一人格と目されることが認められ(る。)《証拠判断省略》

そうすると、保証金返還請求権につき対抗要件が具備されなかったため金三七五万円中金二四七万五〇〇〇円の損害が原告に発生し、川崎が負担すべき名義変更費用三〇万四〇〇〇円を原告側で出捐していることから、右代物弁済の効果は金六〇〇万円から右各金員を控除した金三二二万一〇〇〇円の限度で生じていると認めるのが相当である。

四  充当

《証拠省略》によれば、原告と川崎間の継続的販売契約に基づく川崎の債務は毎月末日締め、翌月一〇日支払と約定されていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

ところで、前記弁済及び代物弁済につき原告が再抗弁で主張する黙示の充当契約の主張は本件全証拠によるもこれを認めることができないので、被告が抗弁3で主張するごとく法定充当により弁済期が先に到達した債務から充当されると解するのが相当である。

そうすると、前認定の川崎の売買代金債務中五月分全部と六月分の一部に金三四二万一〇〇〇円が充当され、同人は原告に対し金八三九万一七八四円の債務を負っていることになる。

五  信義則による保証人の責任の制限

前認定の被告の原告に対する保証は、期間の定め及び保証人の責任限度額の定めのないいわゆる継続的保証であることは明らかであるところ、このような保証にあっても、保証人の責任は無制限ではなく、債権者と主債務者との取引の態様、経過、債権者が取引にあたって債権確保のために用いた注意の程度等諸般の事情をしんしゃくして保証人の責任を合理的範囲に制限すべきであると解するのが相当である。

そこで、検討するに、《証拠省略》を総合すると、

1  川崎は、昭和五五年七月に独立して弁当屋「ビッグ弁当」を開業し、昭和五六年二月においては池袋本店ほか五店を開設していた。

2  川崎は、開業当初は訴外株式会社スワロー食品サービスから弁当用材料を仕入れていたが、原告の方が内容が豊富であることから昭和五六年二月一〇日に本件継続的販売契約を原告との間で締結した。

3  川崎の原告に対する代金支払方法は銀行送金と約定された。

4  訴外株式会社スワロー食品サービスは川崎の代金支払が滞り、昭和五六年四月末で約一〇〇〇万円の未払代金を残していたので川崎への納入を大幅に縮少し、その後同年七月中には右未払代金をほぼ回収した。

5  被告は川崎から原告に対する保証を依頼された際、右訴外会社のみでは内容が不十分なので原告から弁当用材料を補充する必要があるとの説明を受けた。

6  原告と川崎との取引高は、昭和五六年二月は四〇万八四七〇円、三月は八六万六四二〇円、四月は一〇一万一一一五円であったが、五月以降は右訴外会社からの納入が縮少されたこと及び川崎が同月には池袋西口店を、同年八月には大山店を開設したことにより、前認定のとおり概ね月二五〇万円ないし三〇〇万円前後に増大した。

7  原告は川崎に対し、毎月請求書は交付するものの代金支払の督促を尽さず、川崎の猶予申し出にたやすく応じたばかりでなく、二月分の支払は四月一三日付の、三月分の支払は六月二九日付の各先日付小切手で受領し、四月分から六月分の支払についても、同年七月二八日に八月二〇日付ないし一〇月一五日付の合計五通の先日付小切手を受領した。

8  被告は同年九月四日頃、知人から川崎の原告への支払が滞り同人に信用不安があることを聞かされ、同月九日頃、前記のとおり原告を訪れて保証を取消し、原告も川崎への納入を停止した。原告側ではこの頃初めて被告と会見し、被告と川崎の関係について詳しい知識は有していなかった。

9  川崎は大山店の営業状態が悪かったことなどにより資金繰りに窮し、同月一一日に手形不渡りを出し、まもなく倒産した。

10  同月三〇日頃、原告はビッグ弁当池袋西口店の売上金九万三一一一円を領得し、帳簿上川崎の債務に充当する扱いとした。

11  原・被告双方とも川崎に資産のないことを当初より知っていた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実及び前認定の川崎の原告への支払は毎月末日締め、翌月一〇日支払の約であったこと、弁当屋は日銭の入る商売で代金決済は短期でなされるのが通常であると解されること等を総合すれば、川崎の債務が累積したのは原告の取立の怠慢と先日付小切手を受領しながら店舗展開中であるという理由のみで川崎への信用不安に気づかず相当な予防措置を講じなかった原告の重過失に基づくものであると解するのが相当である、更に、訴外株式会社スワロー食品サービスの納入縮少による取引高増大も重大な事情変更として保証人の責任を制限すべき事由となり得るものと解することができる。

ところで、《証拠省略》によれば、被告は妻を通じて川崎と知合い、ビッグ弁当事務所にしばしば出入りしていたこと、弁当屋業界について相当程度の知識を有していたことは認められるが、川崎と原告との取引の推移、川崎の代金支払遅滞について逐一把握していたことは、被告が川崎の信用不安を知人から聞かされた直後に原告と事後処理の交渉に入ったことなどに照らし、これを認めることはできない。

以上の認定事実並びに前記10のとおり原告が池袋西口店より実質的に債権の回収をしていること等の事情を総合しんしゃくすると、本件が被告の保証後六か月間の保証責任に関するものであっても、被告の保証責任は信義則上合理的範囲に制限すべきであり、その額は取引高が増大する前の二月ないし四月の取引高のほぼ二か月分に相当する金一五〇万円とするのが相当である。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、金一五〇万円及びこれに対する昭和五六年一二月四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前坂光雄)

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